コロ助「キテレツ、初雪ナリ」
こんばんは
今日仕事中初雪に遭いまして。
しかも初雪をしっかりと被りまして。
外仕事ならではでございましてよ。
今日はいつもより静かな作業だったから、ゆとりをもって仕事できた。
今日は悟り日記な気分です。
前大阪で勤めてた会社で言われてたんだけど、仕事中は仕事以外のこと考えんなって話。
社畜かよふざけんなって思ってたけど、仕事中別のこと考えてると、楽なようで逆にキツイのかもしれない。
僕は感じてることを抑圧して、別のことを考えることで、苦しみから逃れようとする癖があると思う。
そして感じてることを抑圧すると、大雑把に言えばその他のものに感情が転移するらしい。
疲れた、ムカつく→抑圧→あいつ何しとんねんムカつく
そうなると逃れてたはずの思考世界が崩壊する。あれもむかつく、あの時のあれむかつく、全部ムカつく。
こうなった。
そして仕事のしんどさを関係のない他人が与えてるように錯覚して、完全に八つ当たり状態になるのだ。
そんなこんなで仕事がしんどければ素直にしんどいと思えばいいのだ。
ほんで仕事に集中するのだ。
楽な方法を見つけるのだ。
腕をあげるのだ。
それの繰り返しなのだ。
あとね、その責任転嫁の波で、自分の中で外仕事というものを蔑視してたとこがあることに気づいた。本当に失礼な話だと思うけど。
いつからかなーって思ってたら、すごく小さい頃からだ。祖父が生きてたころから。
祖父は大工だったけど、僕の知ってる祖父は、酒を飲んで寝てわがまま言って怒鳴る迷惑な人だと思ってた。仕事してるとこ見たことないし。父は公務員で対照的な職業で、性格も祖父をひっくりかえしたような感じで、関係性を察してしまう。
僕はどことなく父の方が正しい存在なのだと思って育った。その影響からか、外仕事してる人は祖父の苦手なとこをもってる人が周りにいたように思う。
でも釣りや散歩やご飯やら、楽しいことは色々教えてもらったような気がしてて、そういうとこは好きだった。
話は逸れたけども、つまり外仕事に対するネガティヴな見方は、主観的な観念に過ぎないのでは、という仮説が、仕事中崩壊する思考の中で生まれた。
実際外仕事に集中して感じてみると楽しいことはけっこうある。働いてる人は陽気だし、体動かすと気持ちいいし、うまくいったときの快感もある。
外仕事がネガティヴなものだってことは必ずしもないということかもしれぬ。
観念を捨てて感じるままに生きることが今の僕のテーマだと思っています。
コロ助かわいい。この前アニマックスでやってたの見たけど、コロ助はかわいい。仕草と表情がいちいちかわいい。
ドラえもんとコロ助、どちらかが居候するならコロ助派になりました。ドラえもんも好きだけど。
おやすみナリ